「バイクに乗るのって、なんでこんなに楽しいんだろう?」
風を切る感覚、エンジン音、コーナーを駆け抜ける一体感…。言葉にするのは難しいけれど、バイクにはライダーを惹きつける特別な「楽しさ」がありますよね。
実は、バイクメーカーであるカワサキは、その「楽しさ = Fun to Ride」をライダーに最大限感じてもらうため、感覚的な部分を科学的に分析し、バイク開発に活かす技術を研究しています。
カワサキが考える「Fun to Ride」の3つの柱
カワサキは、ライダーが「Fun to Ride」と感じる要素を、大きく以下の3つに分類し、それぞれを科学的なアプローチで追求しています。
- 心地よいエンジンサウンド
- 優れた乗り心地
- 高いハンドリングと安定性
これらがどのように開発されているのか、具体的に見ていきましょう。
1. 心地よいエンジンサウンド – ただ音を聞くだけじゃない、感情に響く音作り
バイクの魅力の一つであるエンジンサウンド。特にスポーツバイクのパワフルな加速音や、クルーザーの鼓動感のある排気音は、ライダーの気持ちを高ぶらせますよね。
なぜサウンドが重要か
音は単なる騒音ではなく、ライダーに「加速感」や「バイクとの一体感」といった感情的な体験を与える重要な要素です。バイクのカテゴリーによって求められるサウンドが異なるため、カワサキはそれぞれのモデルに最適な音を追求しています。
どうやって「良い音」を作るか
カワサキは、ライダーがどんな音を「心地よい」と感じるのかを科学的に分析する技術(専門的にはSD法と呼ばれる感情評価)を取り入れています。
- ライダーの感性をデータ化: 様々なバイクの音を聞いてもらい、その音に対してライダーが抱く「力強い」「スムーズ」「荒々しい」といった印象をデータとして収集・分析します。経験豊富なライダーとそうでないライダーで感じ方が違う点なども考慮されます。
- 音響解析とコンピュータシミュレーション: 吸気系(エアクリーナーボックス)や排気系(マフラー)の音響特性をコンピュータで解析・予測(CFDなど)し、目標とするサウンド特性を実現する方法を探ります。例えば、エアクリーナーボックスの共鳴を利用したり、マフラーの内部構造を調整したりします。
- 実車でのチューニング: 解析や試作を経て、最終的には経験豊富なエンジニアが実際に音を聞きながら微調整を行い、「ライダーの心に響く洗練された音」を創り上げています。(例:Z1000の吸気音による加速感の演出)
ただ音量を規制内に収めるだけでなく、ライダーの感性に訴えかける「サウンドデザイン」が行われているのです。
2. 優れた乗り心地 – 振動をコントロールし、快適性とバイクらしさを両立
バイクの乗り心地は、快適性だけでなく「バイクらしさ」を感じる上でも重要です。特にエンジンから伝わる振動は、乗り心地に大きく影響します。
振動は単純に無くせば良いわけではない
興味深いことに、カワサキは振動を単純に「無くすべきもの」とは考えていません。
- スポーツバイクの場合: スポーティな走りを楽しむためには、路面状況やバイクの状態を感じ取ることが重要ですが、過度な不快な振動はライダーを疲れさせてしまいます。そのため、不快な振動は抑制する方向で開発されます。
- クルーザーの場合: エンジンの鼓動感や力強さを感じさせる「味のある振動」は、むしろクルーザーの魅力の一部です。このような場合は、あえて振動を演出し、バイクのキャラクターを引き立てます。
このように、バイクのカテゴリーに合わせて、振動を「制限すべきもの」と「活かすべきもの」に分けて考えているのです。
快適性を科学する
カワサキは、開発の初期段階からコンピュータシミュレーション(専門的にはFEM:有限要素法)を用いて、バイク全体の振動を予測・評価するシステムを導入しています。
- 車体全体の振動を予測: エンジンから発生する振動が、フレームなどを通じてライダーにどのように伝わるかをシミュレーションします。
- 設計へのフィードバック: シミュレーション結果に基づき、フレームの構造などを変更することで、特定のポイントの振動を低減したり、逆に狙った振動特性を実現したりします。(例:Ninja 250/300での振動低減による快適性向上)
これにより、勘や経験だけに頼るのではなく、科学的な根拠に基づいて乗り心地を作り込んでいるのです。
3. 高いハンドリングと安定性 – ライダーの意のままに操る感覚を追求
ライダーが「バイクを操っている」と感じるためには、思い通りに曲がり、安定して走れるハンドリング性能が不可欠です。
ライダーの「意のまま感」を追求
バイクがライダーの操作にどう応えるか、路面からの情報がどう伝わるかといった「ボディビヘイビア(車体挙動)」が、ライダーのコントロール感に直結します。特に、走行中にバイクのフレームなどが瞬間的に変形(しなり)することが、この挙動に大きく影響します。
見えない”しなり”を可視化する技術
走行中のバイクの変形を正確に測るのは簡単ではありません。大きな測定器を取り付けると、バイク本来の動きが変わってしまうからです。
そこでカワサキは、直接的な変位測定ではなく、以下の技術を組み合わせて走行中の動的な変形を把握するシステムを開発しました。
- 数値シミュレーション (FEA): コンピュータ上で、タイヤからの入力やチェーンの張力といった力が加わった際に、車体の各部がどのように変形するか(基本変形モード)を詳細に計算します。
- 実走行でのひずみ測定: 実際の走行中に、車体の複数箇所に取り付けた小型のひずみゲージセンサーで、フレームにかかる微細なひずみ(伸び縮み)を精密に測定します。
- 変形の合成: シミュレーションで得られた基本変形モードと、実走行で測定したひずみデータを組み合わせることで、走行中のある瞬間におけるバイク全体の動的な変形量を算出・可視化します。
これにより、走行中にバイクのどの部分がどのように「しなっている」のかを、定量的に評価できるようになったのです。
最適なカタチを見つけ出す
さらに、部品設計においては「構造最適化解析」という技術も活用されています。これは、例えばホイールを設計する際に、「剛性」「強度」「振動」「軽さ」といった要求性能を満たす最も効率的な(軽い)形状をコンピュータが見つけ出す技術です。これにより、勘や経験だけでなく、機能に基づいた洗練されたデザイン(ファンクショナルデザイン)を生み出すことが可能になっています。
まとめ:科学と感性の融合が「Fun to Ride」を生み出す
今回ご紹介したように、カワサキはライダーが感じる「楽しい!」という感情的な価値を、
- エンジンサウンド: 音響心理学と音響解析技術
- 乗り心地: 振動解析技術と目的に応じた振動コントロール
- ハンドリング・安定性: 動的変形計測技術と構造最適化技術
といった最先端の科学技術を駆使して追求しています。
単にスペック上の数値を追い求めるだけでなく、ライダーの感性に寄り添い、科学的なアプローチで「Fun to Ride」を具現化しようとする姿勢が、カワサキバイクの魅力の根源にあるのかもしれませんね。
次にバイクに乗るときは、そのサウンドや乗り心地、ハンドリングの裏側にあるエンジニアたちの情熱や技術に、少しだけ思いを馳せてみるのも面白いかもしれません。
引用元
この記事は、以下の技術論文の情報を基に、バイクライダー向けに分かりやすく再構成したものです。
- 論文タイトル: Developing “Fun to Ride” factors that attract motorcycle riders on an emotional level
- 出典: Kawasaki Technical Review No.174 June 2014, pp. 57-62
- 執筆者: 金田 哲夫, 松原 健太, 桝田 貴之, 中村 徳高, 川崎 巧, 市川 和博, 中村 泰士, 石井 浩, 小桐 正人 (カワサキ重工業株式会社)
(論文内で参照されている個別の技術発表については、元論文のReferencesをご確認ください。)